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自分で考える色々を書いてます。

好きなものを好きなだけ

 お金がないと好きなものが買えない。これが問題。お金がないと好きでいられないって聞かれたら勿論ノーなんだけどさ。例えば好きなアーティストのCDとか発売したら欲しいじゃん? 当たり前だよね。だから、欲しい。お金がないから、手に入らない。

 まあ、お金を手に入れればいいんだ。働けば報酬はもらえる。そういう風に出来ている。この問題を解決する最も利口で簡単な解決法は労働。これは決定的。

 別にそんなことが言いたいわけじゃないんだけど、とりあえずね?

 仮に、好きなものを好きなだけ手に入れられるとしたら。夢みたいだけど、世界が孤立する。夢見る少年少女のままで自分だけの世界の人になる。誰もが遠い世界だ。

 何が言いたいかっていうと、好きなものを好きなだけ手に入れられないことで、得られている何かがあるってこと。それは価値の発生だろうね。当たり前の話だ。

 お金が価値になるって訳じゃない。金額=価値であるはずがない。そんな単純な仕組みがあっては困る。人間が単純化され過ぎて、もうロボットになってしまう。

 金額=価値でないから、結局は、お金を払う、意志表示=価値が社会で一番ポピュラーなものだったってことさ。

 少し前までの話。いや、今でもそうであるはずなんだけど、どっかでズレが発声しているみたいだから、ちょっと考えてみただけなんだ。

 無料で手に入ることに対する慣れ。これが怖いんだ。そりゃあ、製作者は作品を見て貰えれば嬉しいだろうけどさ。作品を見てやっているんだからお金を払わなくてもいいって話にはならないだろう? お金を払ってでも見たいって言ってくれる人のほうが嬉しいに決まっている。

 お金がない人が手に入れられない。そのジレンマは作品を受け取る側だけにあるものじゃないんだってば。制作者だってお金がない人でも、自分の作品が好きだって言ってくれる人には提供したいんだよ。

 だから、創作物に対してお金を払うって言うのは(創作物に限った話じゃないけど)、単なる経済的な仕組みじゃなくて思いやりの側面があると思うんだ。むしろそっちがメインだと思う。

 まあ、まとめれば簡単だよ。難しいこと考えなくて済むように、それこそ好きなものを好きなだけ手に入れられるくらい、好きなもののために働こうね。

 お金で愛を主張することも、別に悪いことじゃないんだよ。