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自分で考える色々を書いてます。

たとえ希望がなくてもいいから。

 使い古された台詞がある。人のことを理解できない。理解し合うことはできない。だけど、理解しようと努力することはできる。

 知ったような言葉だ。でも、どうにもこれを否定することはできないんだ。

 こんなにも絶望的で前向きな言葉は、多くはない。基本的に、ただ前向きであることには落とし穴があるし、そこに潜んでいる多分なマイナスの可能性に対して盲目的になっていることが多いと感じる。

 だから、大抵は程よく諦めるんだ。傷ついてもそれが最小限で済むように。その方が理性的であるし、平和的だ。だから、こんなに明白な不可能に対して前向きである必要は欠片もない。可能性の面だけで考えれば、全くの無駄でしかない。

 それでも、否定する気にはならない。いや、否定はする。愚行でしかない。多分、そんなことをする奴は大概、馬鹿なんだ。

 例えば、仇討、復讐というものは愚行である。総合的にみて、プラスに働くことはない行為だろう。だから、否定はされるべきなんだ。

 ただ、そこまでして足掻いている人が好き。しっかりと現実の残酷さだとか、下手な希望の言葉に甘えることもなく、賢さや世間体とか、そんなことは抜きにして、自分の気持ちにどこまでも素直でいられる、そんな人を嫌いになることなどできない。どれだけ好いてみたところで助けになんてなれないけどね。